【栞録】レモンと殺人鬼(くわがきあゆ)|見えているものの奥にあるもの

栞録

作品情報

レモンと殺人鬼
著者:くわがきあゆ
出版社:宝島社
刊行年:2023年
ジャンル:ミステリー小説

物語温度:ほの暗い木々の小道を静かに歩く

※本記事は、物語の核心に触れない範囲で内容に言及しています。まっさらな状態で物語と出会いたい方は、ご注意ください。

章序

誰かのために、突き動かされる思いがある。

けれどその思いは、本当に誰かのためだけなのだろうか。
その奥にあるものは、きっと他人には測れない。

まっすぐに見える感情ほど、ふと足元が揺らぐことがある。
見えているものだけでは、辿りつけない真実があるのかもしれない。

物語に触れて

ひとつひとつの言葉が軽く置かれているようでいて、どれも確かに意味を持っていた。
だからこそ、こちらが意味を見出したものが、いつの間にかミスリードへと変わっていく。
そのたびに期待を裏切られながらも、読む手は止まらなかった。

物語の随所に間奏のように差し込まれる場面があり、それがただの寄り道ではなく、物語により深い味わいを与えていて、じらされる感覚さえも心地よく感じられた。

登場人物たちは皆それぞれの考えを抱えていて、感情移入していたはずの人物が、ある瞬間からまったく違う思惑を持つ存在として立ち上がり、急に魂を引きはがされるような感覚を覚えることがあった。
その瞬間、こちらは人物に寄り添う視点から、少し離れた場所で見つめる視点へと切り替えさせられる場面もあったが、それでもなお没入感が損なうことはなかった。

わかりあえなさを突きつけられるようでいて、同時に、人間らしさの輪郭に触れた気もした。
突き放されたようでもあり、どこか会話を交わしたようでもある。そんな不思議な読後感の残る作品だった。

胸の奥に留まった一文

声が震えた。
「やっと、守れた」

※印象に残った理由は記載しておりません。
 ぜひ実際に読んで、その温度を感じてみてください。

物語で感じた揺らぎ

主人公が過去の自分と決別していく結びは印象的だった。
その一方で、そこへ至るまでに積み重ねられてきた時間の重みに対して、最後だけが少し足早に過ぎていったようにも感じた。

もう少し先の時間や、道中で関わった人物たちのその後が描かれていたなら、この結末の余韻はまた違ったかたちで胸に残ったかもしれない。

物語の中で出会った言葉

杳として知れない(ようとしてしれない):ようすがはっきりせず、行方や実態がまったくわからないこと。

匕首(あいくち、ひしゅ):短い刀や短剣のこと。

肉薄(にくはく):すぐ近くまで迫ること。核心や本質にぐっと近づくこと。

物故者(ぶっこしゃ):亡くなった人。故人。

読後に残った感覚

呆然と立ち尽くしたまま、ひんやりとした夜風に全身を静かになでられるような感覚が残った。

ただ、胸の奥に触れたものだけが鈍く残り、人気のない夜道を一人で歩いているような、静かでほの暗い余韻に包まれた。

栞の結び

『レモンと殺人鬼』を読み終えてあらためて感じたのは、人の心の内は決して簡単には見えない、ということだった。

見えている言葉や行動だけでは辿りつけないものが、たしかにそこにある。
その不確かさごと抱えたまま、静かな冷たさだけが読後に残り続ける作品だった。

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